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2月の「学習&遊び支援」一覧

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「北上に行き隊」,「北上シスターズ」…
本校支援のリピーターの方々のニックネーム
だそうです。
ありがたいことです。

本当は,あまり同じボランティアの方に何度も
足を運ばせるのはどうかと思うのですが,つい
頼りたくなってしまいます。
本心を言えば,お馴染みさんに慣れ親しんでも
らうのがお互い心が通じ合い,支援の質も向上
するというメリットもあるのです。

いよいよ2月です。教育界では”2月は,逃げ
る”と読んでいます。
この超多忙の時期に,わざわざ交通費と宿泊費
をかけてお出でになるボランティアの方々が,
ここ北上の児童・生徒,そして仮設住宅の住民
に大きな力を与えてくださっていることに,心
から感謝いたします。

2月~3月初旬の支援一覧は,次の通りです。
支援に来られる方々,本当にありがとうございます。
①2月4日(土):
 小・中学生のための「学習&遊び支援」
②5日(日):
 仮設住宅のための支援「仮設支援(料理教室)」
③11日(土)・12日(日):
 小・中学生のための「学習&遊び支援」
④11日(土):
 「仮設支援(出張カフェ
 『お茶(ヂャ)っこ,飲まいん』)」
⑤18日(土)・19日(日):
 中学生のための「学習支援」 
⑥26日(日):
 「仮設支援(炊出し)」
⑦3月3日(土):
 「学習&遊び支援」

最近は,二つ以上のグループがコラボしたり,外部
のNPO団体が支援をする「中間支援」も始ってい
ます。
ボランティア・グループ同士の友好の輪も広がりを
見せています。

ボランティアを受入れる私の方針は,「学習&遊び
支援」,「仮設支援(炊出し,茶会)」などのボラ
ンティア活動だけでなく,被災地を案内したり,資
料に基づいて説明したりすることを加味することで
す。
すなわち,体験と学習とをセットして提供すること
が,私の使命だと考えています。
 

支援者に共通するもの,それは”笑顔”

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昨年3月の震災以来,全国からさまざまな支援者が
本校にお出でになりました。
最近では,支援者同士の絆も出来てきました。
校長室で,見知らぬ支援者同士が名刺を交換したり,
情報を交換したりする姿を見ていると,支援者を受
け入れて良かったな,と心底思います。
最近,そういった支援者の何人かがリピーターにな
ってきたことに気がつきました。
「北上(十三浜)に来たい」,「北中に来たい」,
「北上の児童・生徒と遊びたい」,「北上の児童・
生徒教えたい」,「仮設の人々と話したい」,「仮
設の人々のために何かしたい」,という思いが少し
ずつ広がってきていることを実感しています。
ホストとしては,大変嬉しい限りです。素晴しい支
援者の方々と,短時間でもお話できる喜びは,何物
にも代え難いのです。

そういった支援者の表情を思い出して気付いたこと
は,どの方も”笑顔が素晴しい”ということです。
「笑顔は世界共通語だ」,と言った人がいます。
被災地を何度も訪れる人が,笑顔の似合う人ばかり
なのです。

そういった”笑顔の素敵な人々”に共通している思
いは,ホスピタリティー(もてなしの心)ではない
でしょうか。ふと,ある雑誌の切抜きを思い出しま
した。『ホスピタリティーとは,人間としてこの世
に生きていく感性をいかに発揮するかを学ぶ哲学
(心構え)。お互いが信頼し,お互いが喜び合って
できる関係。自分を含めて周囲の人々,森羅万象に
感謝の情を持つ「思いやりの気持ち」をつねに忘れ
ず行動すること。自分が人に親切にしてあげて感謝
される,感謝された自分も喜びを得て感激する,お
互いに交差する感動の波動の動きを憶えること。情
(ココロ)の学問,哲学を具現すること。相手の気持
ちになってサービスをすること。ホスピタリティー
の関係とは,主従関係ではなく,対等の関係。その
ためには人的付加価値(相手にプラスになること,
自分のプラスの人間性を発揮していること)をつけ
る必要がある。ホスピタリティー・マインドとは,
相手を快くすることによって自分も満ち足りたいと
いう一念である。』

これはまさに支援者の心,ボランティア精神そのも
のではないでしょうか。

先日見たNHKのテレビ番組によれば,人類はアフ
リカで生れ,世界の各地に広がって,発展していっ
たが,その際,飢えや寒さなどの脅威から身を守る
ために,見知らぬ人同士が助け合ってきた,という。
その出会いの信号が,実は”笑顔”だったそうです。
笑顔が人類を発展させてきたともいえます。

人類は,危機の際,この”笑顔の遺伝子”が発動して
互いに協力し合うようにプログラムされているのかも
しれません。

ボランティアとかホスピタリティーとかいった他人に
つくす行為は,人類共通の特徴なのでしょう。そのス
イッチがきっと”笑顔”なのでしょう。

私は,これからも”笑顔の似合う人々”との素晴しい
出会いを求め続けたいと願っています。

新聞に掲載された震災関係の短歌・俳句から…

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新聞には,震災関係の俳句と短歌がよく掲載され
ます。
それだけ,この震災の傷は大きかったといえます。
いくつか,紹介します。


俳句&短歌

 のこされし人の寒さを思ひゐる  (綱岡 敏子)

 障子なき仮設にも来る年の暮   (島田 啓三郎)

 校舎ごと津波の瓦礫虎落笛    (金野 友治)

 片足を災禍の町に冬の虹     (紀村 照代)

 臥す人へ復興話とシクラメン   (鈴木 喜久郎)

 仮住い今日もよき日と目張りかな (岩崎 昌子)
 
 賀状書くまずは感謝の言葉から  (當摩 さとこ)

 ふるさとや列車の来ない枯野駅  (太宰 裕四郎)

 余震また夜半の目覚めのうそ寒し (日野 千代子)

 三月十一日のままに古暦     (三浦 ときわ)

 亡き母に今朝の寒さを語りかけ  (伊藤 勝)
 
 被災後は吾も言葉が荒くなり 痴呆の老妻も
 無口になりぬ          (島田 啓三郎)

 安心の知事の証明添えてあり風評の中りんごは届く
                 (門間 ますえ)

 避難せし隣町より老通ひ瓦礫を除けてハウスを建てる
                 (小林 水明)

「鯨山青海原」と児童らと歌ひし町を津波襲ひぬ
                 (沢村 柳子)
 ※”鯨山”は大槌町のそば。一説に大津波のときに鯨が
  上がったからという。

 断熱材 まだうず高く積まれおり 
 仮設団地は 師走に入る     (中山 くに子)


◎雲鳥(くもとり)   田中 拓也(茨城県の教師) 
                     
 「上履きでいいんですか」と問いかける生徒と
  非常階段に出る

 「1クラス男女一列」と指示を出す
  冷たい風が頬に刺さりぬ

 訪ね来し母に抱きつく一年生男子の背中
 闇に消えゆく

 眠れざる生徒の顔の鼻水を
 最後のティッシュで拭いとりたり


雑感:
 この3月11日をきっかけに,被災者自身の声
 が,様々な手段を使って表現されるのでは…
 でも,まだ生徒たちには強制はできません。
 生徒たちの心の傷は,思った以上に深いのです。
 教師たちが,日常的に支え続け,寄り添い続ける
 ことが,これからも必要です。
 体の傷も小さなものはいつかは消えますが,虫垂
 炎(いわゆる盲腸)のような大きな手術の跡は,
 なかなか消えません。
 心の傷も,この震災のような大きなものは,そう
 簡単に消えるはずはありません。
 「生徒の心のケア」は,これからも学校経営の大
 きな柱にしなければなりません。

久しぶりに石卷市内を散策して…

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 昨日,知己の横須賀市の教員が被災地の見学に訪
れたので,案内がてら石卷市内を回ってみました。
 普段は進んで歩く気がしないのですが,やはり石
卷というと日和山からの眺めが出発となります。
 春は桜の名所で人手も多いのですが,今は冬だと
いうのに,全国から引きも切らず見学の方がお出で
になっています。
 南浜町もガレキが大部減ってきました。しかし,
中心部から離れれば離れるほど,建物を取り壊した
跡地が土だけの空地になっているのが目立ちます。
 元気に店を開けて頑張っている商店もありますが,
以前の”シャッター通り”の状態にさえ戻っていな
いのが実情です。
 昔のように賑わってほしい,とは言いませんが,
せめて休日くらいは,人通りが復活してもよさそう
なものです。
 ほとんどの市民は,郊外の便利な大型店の集中し
ている地区に殺到しているようです。同じ市内でも,
賑わいと寂れとの対照がこれまで以上にはっきりし
てきたのが残念です。
 石卷の”冬”は,まだまだ続くようです。

新聞記事から…

◎福島の中学生の作文を読んで考えさせられたこと…     
   ~新聞記事(1/29,河北新報)から抜粋~
 福島市立平野中で指導していた藤田教諭は1学期,淡々と
日常を過ごす生徒たちを見て,「なぜこんなに静かなのか」
と疑問を抱いた。聞いてみると「仕方ない」「本当は不安だ
けど,言ったら友達にばかにされそうで」との返答が返って
きた。

 国語の授業で,まず学校生活と家庭生活でどんな変化があ
ったかを挙げさせると,「体育祭が体育館であった」「福島
県産の野菜を食べないようにしている」といった声が出た。

 その上で書いた生徒の作文から…
 ・「…福島の野菜や果物を食べなければという思いと,食
   べて大丈夫かという思いの間で揺れている…」
 ・「…『頑張ろう福島』と言われるけど,何を,どう頑張
   れというのか…」
 ・「…近くの果樹園の客が減った。暑い中,頑張って育て
   ていたのに…」
 ・「…福島県民が食べないのに,他県民が食べるはずがな
   い…」
  ※生徒に配られた小型線量計「ガラスバッジ」は数値が
   表示されず,回収して機器にかけないと被曝量が分か
   らないことに不満を示す作文も。

 岩手と宮城は,地震と津波で壊滅的な被害を受けたという
のに,福島はさらに放射線という,いつ終るか分らない恐怖
との闘いに巻込まれ,いつ帰れるのか分らないという不安が
さらに加わってしまった。
 たまたまこの時代に生れ,たまたまその場にいただけで,
このような”想定外”の敵との長く,辛い闘いに挑まなけれ
ばならない状況に投込まれてしまった人々の苦しみと悲しみ
と絶望とを,全国民が共有しなければならないのでは,と考
えざるを得ません。

共通するもの

震災以来,さまざまな方々が支援にいらっしゃました。

たった1回しかお会いできなかった方も多い中,リピ
ーターとしてお馴染みになる方も少なくありません。

私は最近,ふと気付いたことがあるのです。
たった1回であれ,数回であれ,被災地にやってきて
支援に当たってくださる方々に共通するものがある,
ということです。

それは「ほっとかれん(ほっておけない,の大阪弁)
という意識」であり,「お節介おばさん(かつて地域
に山のようにいて,隣近所の世話を進んでした方々)
的な積極性の塊」であり,もっと高尚な用語を使うな
らば「善のオーラをもった人々」です。
それらの人々に共通するのは,『笑顔がステキ』だと
いうことです。

表情に乏しい支援者,暗い性格の支援者,おとなしい
支援者,無口な支援者と出会ったことはありません。
明るく,前向きな支援者に出会うと,こちらまで明る
くなります。楽しくなります。嬉しくなります。

だから,私はこれからも,明るく,元気な支援者の方
方をできるだけたくさんお迎えし,語り合い,互いの
エネルギーを交換し合いたいのです。

冬の情景

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この写真は,校舎の2階から撮影したものです。
うっすらと雪化粧した新北上大橋の周辺です。
まだまだ技術が未熟なため,ぼんやりとしか表
現されていませんが,もう少しお付合い願いま
す。

生は,常に死と隣り合せです。普段はそのこと
にできるだけ気付かないふりをしているのです。
しかし,「よく生きることは,よく死ぬこと」
ではないでしょうか。
フィンランドの諺に「生れた時,自分は泣いた
が,みんなは笑った。自分が死ぬとき,みんな
は泣くだろうが,私は笑うだろう」というのが
あります。
愛する人々に囲まれて別れをつげ,悲しんでも
らいながら逝く,というのが理想的な死に方,
生き方かもしれません。私たちは,よく死ぬた
めに,よく生きなければならないのです。

人は死ぬとき,人生のあらゆる出来事を走馬灯
のように一瞬にして回想するそうです。その時,
「あぁ,自分の人生は,いろいろあったが,楽
しかったな,少しは人の役に立てたな,自分の
死を悲しんでくれる人がいたな」と思えること
が大事なのではないでしょうか。

昨年の3.11の東日本大震災大震災では,お
そらく別れどころか,自分の人生の回想すらで
きず,なぜ自分が死ななければならないのか理
由も分らないまま,亡くなった方々が圧倒的に
多いと思います。
愛する人に”サヨナラ”を言えない人生は,あ
まりにも寂しく,悲しいではありませんか。

翻って,生き残ってしまった私達は,少なくと
も,先に逝ってしまった人々の分も充実した人
生を送らなければバチがあたります。
あの方々がしようと思ったこと,世のため,人
のために何かをして,自分の人生に満足して逝
くことが,残された者の使命ではないのでしょ
うか。

校舎からの冬の情景を見ながら,ふとそんなこ
とを考えました。

ブログが一歩,進化しました!

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嬉しいニュースを一つ。
以前から私のブログは飾り気がないと
自分でも感じていました。
拙い文章だけがズラズラと並んでいる
いかにも固い印象だな,と悩んでいま
した。

しかし,最近,縁あって,ある方から
デジタルカメラを頂戴しました。

実は,私はデジカメがあったら最初に
紹介したい写真があったのです。
それがこの映像です。
毎日,職場まで通勤する車の中から
目から離れないもの,それは橋の残骸
です。見事に川に突刺さっているので
す。

今回,これをきっかけにして少しでも
被災地の映像,それも,傷だけでなく
復興する姿も紹介したいなと思います。

新聞から ~さまざまな被災者の心~

新聞の切抜きから:
◎津波被害のなかった人が,「俺には被災者の気持ちは
 わかんねぇよ」と言った。聞いた瞬間には,はぁ?と
 思ったが,それは実は,とても正直な,率直な意見だ
 ったと思う。

◎津波被害はなかったが,地震災害で土台をやられた友
 人たちが,「一見,何でもないようなんで,あなたは
 家が残っていいさ,と言われるのが辛い。それに実は
 地震が来るたびに,いつ家が崩れてしまうかと思うと
 怖くてしょうがないし,毎日が落ち着かない」と話し
 てくれたとき,想像はしていても,その真の辛さをわ
 かっていなかったんだねと,ため息が出た。

 ※「私見」自宅の二階に避難した「自宅避難者」のご
  苦労は,実は,私たち避難所暮しをしていた者には
  なかなか分らないものです。
  人は,常に自分を基準に物事を判断しがちです。そ
  こにいらぬ誤解が生じることもあるのです。
  「思いは口に出さなければ伝わらない」と,この新
  聞に投稿された方もおっしゃっています。
  被災地では,そろそろさまざまな状況に置かれてい
  た被災者が,声を上げ始めています。
  今回の大震災,それぞれの立場,状況で人々が声を
  出してゆくことが,今後の防災・減災社会を復興す
  るヒントになるのではないでしょうか。
 

そうだ,東日本にボランティアに行こう!

「私見」:ボランティアの薦め。合い言葉は,
”そうだ,東日本にボランティアに行こう!”で
す。
 ~ボランティアは,”Iターン”にもなる,新し
  いライフ・スタイル~
   ※Iターン:都会から田舎へ移り住むこと
 被災地である東日本は,いわゆる田舎です。田
 舎のメリットとデメリットは:
 ①田舎のメリット「水や空気がきれい,自然の
  風景が美しい,静寂,宅地が広い…」
 ②田舎のデメリット「買い物が不便,働く場所
  が限られている,医療機関が少ない,人間関
  係が複雑…」
 一方,ボランティアにやってくる人が住んでい
 るのは,都会。都会のメリットとデメリットと
 は:
 ①都会のメリット「働く場所が多い,買い物は
  交通が便利,文化的施設が多い,活気がある
  …」
 ②都会のデメリット「ゴミゴミしている,人や
  クルマが多い,家が狭い,生活にお金がかか
  る…」

 実は,たまに,ボランティアに東日本にやって
くるということは,短期のIターン(”ショートI 
ターン,即ち”プチ田舎暮らし”)を味わうこと
にもなるのです。
そのメリットは,
 ①都会暮らしでたまったストレスの解消にもな
  るし,おいしい水と食事,きれいな空気を味
  わうことができる。
  ※旅館に泊ったり,地元の商店で買物や食事
   をすれば,地元にお金が落ちます。これも
   立派な支援です。
 ②ボランティア活動をすることで,被災者にも
  喜ばれ,自分自身も充足感を味わえる。
  ※子どもと遊ぶ,仮設住宅の方とお茶を飲み
   ながらお話をする,これも立派な支援です。
 ③被災者と接することで,新しい人間関係を構
  築することができる。
  ※血の繋がりのない親戚いわゆる”遠戚エンセキ”
   が増えるのです。
   阪神のある被災者用の集合住宅に住んでい
   る高齢の男性(当然ながら,お一人です)
   は,高校生との文通で生きがいをもらって
   いるということです。
   これも被災者を孤独死から守る,立派な支
   援です。

 いかがです? 時間とお金をかけるだけの価値
のあるライフ・スタイルではありませんか?
 自分のためにもなり,他人(被災者)のために
もなる,まさに一石二鳥の新しいライフ・スタイ
ルです。

 私が疑問に思っていた「なぜ,ボランティアに
やってきた人が元気になって帰っていくのか?」
の答えが,少し分かったような気がします。

 東日本は広いです。この中に,あなたの”ショ
ートIターン”に叶う地域が,必ずあります。
 どうか,素晴しい”遠戚”と出会って,あなた
の人生を実り多いものにしてください!!

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